
学歴を査定基準にするのがベストどころか、
ベターですらなくなったのが今だつってんのに、なに言ってんだか。
世界史が学歴至上主義でずっとやって来たなんて事実もなくて、
そのほとんどは血筋からの身分制が司って来たうえで、
部分的に科挙試験などでの人材登用なども試みられてきたのみ。
民主化で身分制が撤廃されてから、初めて学歴ばかりが人材登用の査定基準になり始めた。
他にもいくらでも頑張って物事をやり遂げる能力の基準になる材料はいくらでもありながら、
国を動かす域の権力者なみの重職に、縁故を問わず登用する上では突出した査定基準に。
そのせいで、血筋による身分の世襲がまず第一でありながらも、
同時に武家階級には最上級の教養のほかに、土木事業すら自力でこなせるだけの体力や、
仕事で不手際を犯せば最悪、腹を切って死ぬ覚悟までもが求められていた
武家社会ほどにも権力中枢にろくな人材が集まらず、以て国を傾けても
誰も責任を取ろうともしないような最悪の濁世が招かれるに至った。
なんなら士農工商のような、政商の癒着を禁止した身分制を復旧するほうがまだマシだし、
そうでなくたって人材の査定基準に洋学の座学などではなく、より人間性の成長を
直接的に司っているような上等な学問や、その実践を据え直すのに越したことはない。
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