(時宜にかなった)封建統治の復興


▼ページ最下部
001 2012/10/15(月) 21:21:44 ID:zHzJTyNrhk
人権概念の甘ったるさの嵩にかかった民主主義の暴慢が世界中へと拡大したために、
今や人口爆発や経済破綻による人類滅亡の危機すらもが差し迫っている。
この現状を打開するためには、早急に民主主義の鼓舞を廃絶していく必要がある。

一方で、民主主義が廃絶されたからといって、独裁主義や全体主義に振れきったのでは、
これまた愚民化の持ち越しや庶民の労働意欲の低下などの問題を来たしてしまう。

最善となるのは、政商や悪徳外交といったような権力犯罪の横行を厳重に取り締まる
東洋流の封建統治の復興だといえる。西洋流の封建支配では、王侯と豪商や地主が
結託しての権力腐敗や国際紛争が常態化してしまうので、こちらの復活は絶対にダメ。

東洋流の封建統治も、完全に昔のままに復興していくのでは、また問題が起こるだろう。
いくら人権志向こそが現代の破滅の元凶となってしまっているとはいえ、重罪人の
九族皆殺しや十三族皆殺しすら恒例のこととして執り行われていたかつての封建制を
そのまま復興したのでは、極度の民心の鬱屈からなる陰惨化なども避けられないだろう。

ここでは、権力道徳を旨とする東洋流の封建統治を現代に復興していくことを
主題とし、そこではどのような問題が巻き起こるか、その問題を解決する
ためにはどうしたらいいのかなどといったことを、論じていくものとする。

返信する

※省略されてます すべて表示...
041 2012/10/16(火) 14:07:18 ID:bm/2gE2Glw
儒学と聖書信仰はその両立があり得ない。
まるで綱引きの対戦相手同士のようなもので、
どちらかを立てる以上はもう一方を廃絶するしかない。

それでいて、聖書信者の立場からのみ封建制の復活を想定してみたとする。
自分たちが存命である以上は、儒学によって文治の封建制が敷かれることもあり得ない。
封建制が復活する以上は、軍事独裁を同時に復活させることしか考えられない。

聖書信仰を辞めればいいだけの話だよお?

返信する

042 2012/10/16(火) 14:09:20 ID:RSWLA0x5Gg
>>41
儒教も聖書も、ある学派のによる人間の行動形態や
快楽の証人を行っている、しつけ的なものに過ぎないよ

君はそのレベルで語れて無いだろう

返信する

043 2012/10/16(火) 14:16:12 ID:RSWLA0x5Gg
君は自分のこれまで書いた文章が
どんな学派の証人を得てかかれているか知らない
キリスト教はそのレベルまで勉強するから
聖書が終わった上で勉強するのが哲学

君の勉強した学派はスポーツジムナジウムという軍事教練場由来の派閥にたいして
キリスト教はエレクシアという議会由来の派閥だから

返信する

044 2012/10/16(火) 14:22:24 ID:bm/2gE2Glw
井の中の蛙にも自分らなりの箱庭妄想のカテゴライズがあったもんだな。
そんなものは、井の外の大海でまで通用するものでは全くないんだけどな。

聖書信仰を丸ごと捨て去って、早くその井の中から出ておいで。

返信する

045 2012/10/16(火) 14:24:47 ID:RSWLA0x5Gg
>>44
いのなかの蛙はきみだよ
いい加減に偶像にとらわれるのはやめたまえ

西洋人は、君と同じ行為が死人と同じであることを理解した上で
やっているが

君は本当にエクスタシーを感じてしまっている
危険な状態だ

返信する

046 2012/10/16(火) 14:34:17 ID:bm/2gE2Glw
やっぱりアルファベットじゃ理解できないんだな。
不生不滅の境地は。漢訳仏典だと理解できるのに。

まあ、基本は俺の言うとおりにしてりゃいいや。
感情的に反発する部分があるのなら、それも聞き入れてやるから。
そもそもそういう目的で立てたスレなんだし。

返信する

047 2012/10/16(火) 14:47:02 ID:bm/2gE2Glw
>儒教も聖書も、ある学派のによる人間の行動形態や
>快楽の証人を行っている、しつけ的なものに過ぎないよ

聖書信仰がそうだからって、儒学までそうであると決め付ける。
(あるいは全ての儒学は儒教止まりであると決め付けている)
これも全くの事実誤認で、儒学には天下国家を平安に治めていく
体系的な指針がある一方、聖書信仰にはそんなものはなく、人々に
安易な快楽を広めすぎたが故の最終的な破滅しか招くことができない。

これこそ、井の中の蛙が井の外の大海のクジラを評したようなものだ。
未だクジラなんて言葉で聞いだけで想像してみただけでしかなく。

返信する

048 2012/10/16(火) 14:47:10 ID:RSWLA0x5Gg
>>46
そういう目的を満たすことによって生じるエクスタシーにたいする見解が
キリスト教や西洋哲学の流れだから

返信する

049 2012/10/16(火) 15:00:55 ID:bm/2gE2Glw
そういうものしか考えられないのな。

女だな。

返信する

050 2012/10/16(火) 15:23:14 ID:RSWLA0x5Gg
>>49
君の定義する男と言うのは
君にとって都合の良い男だろう

返信する

051 2012/10/16(火) 15:25:08 ID:oqafaIjeLA:au
女々男

返信する

052 2012/10/16(火) 15:25:24 ID:RSWLA0x5Gg
哲学的に考えると逆
このスレッドを立ててエクスタシーに至る流れは
女そのもの

返信する

053 2012/10/16(火) 15:39:26 ID:oqafaIjeLA:au
男々女

返信する

054 2012/10/16(火) 15:48:31 ID:oqafaIjeLA:au
女男女

侍帝侍

返信する

055 2012/10/16(火) 16:16:59 ID:oqafaIjeLA:au
男女男


返信する

056 2012/10/16(火) 18:50:30 ID:bm/2gE2Glw
男本位なら、全体的に帝業。
女本位なら、全体的に黒ひげ危機一髪。

男女関係が全体的にどうであるかということであって、
男の側がどう、女の側がどうという話ではないよ。

返信する

057 2012/10/16(火) 20:39:30 ID:bm/2gE2Glw
為政の巧拙では

 (拙)←権力犯罪支配—軍事支配—文武両道統治—仏教統治→(巧)

で、それぞれの為政の実例は

 権力犯罪支配・・・殷末期、秦代の中国における支配、聖書教団による支配
 軍事支配・・・・・・・戦国時代の大名諸侯による支配、ローマ帝国による支配
 文武両道統治・・・周代、漢代の中国における統治、江戸時代の日本における統治
 仏教統治・・・・・・・最盛期のインドにおける統治、唐宋代中国の統治、平安時代の日本の統治

など。

いずれも封建制(カースト制を含む)による統治支配をいかに執り行うかということが念頭に
置かれていて、結果として現出する世の中がうまく行くかどうかによってその巧拙も判明している。

返信する

058 2012/10/16(火) 21:18:29 ID:bm/2gE2Glw
このスレでは、特に強権的な為政の場合に「支配」、
無為自然主体の為政の場合に「統治」という言葉を用いることにする。

封建統治か封建支配かでいえば、もちろん封建統治のほうがいい。
だとするなら、権力犯罪支配と軍事支配の二つこそを是とするべきでない。
この二つこそは封建制を強権支配へと深刻化させるものでもあるため、
封建制との癒着をできる限り防いで行くようにすべきだといえる。

儒学による為政も、支配とまではいかない柔弱な統治に止められるに越したこと
はないのであり、宗教化された儒学=儒教に基づく強権支配などが講じられた
とすれば、孔孟までもが眉をひそめるものであると考えてしかるべきなのだ。

その意向に適った範囲での儒学統治と、異端の学やカルト宗教による
強権支配こそは決して相容れるものではなく、特に儒学の学説と決定的に
相反する邪説暴言の集大成を教義としている聖書信仰による支配と、
儒学による統治こそは決して両立することができないものである。

聖書信仰による支配であれ軍事支配であれ、強権支配であることには変わりない。
ただ、自分が軍事独裁による強権支配だけはイヤだという場合に、にも関わらず
自分たちが聖書信仰を固持しているというのでは、これは軍事独裁を被ることが
避けられなくなったとしても、全くの自業自得でしかないといえる。

聖書信仰に固執している以上は、儒学や仏教に基づく弱権統治も受容し得ない。
封建制すらあってないようなものとしてしまえる柔弱統治の指針となり得る教学
が実行力を発揮する芽を、自分たちで始めから摘んでしまっているわけだから、
自ら進んで苛烈な強権支配を選択しようとしているとも見なすほかはない。

返信する

059 2012/10/17(水) 02:37:13 ID:SCyGUU1eU6
削除(by投稿者)

返信する

060 2012/10/18(木) 18:15:40 ID:q2vQV0Vq4k
笠地蔵は、定義から見るに丸くす主義者だろ
そんな嘘つきと議論してもナンセンス
むしろそんなことをしてエクスタシーを感じる事はどうかという
哲学について語ろう

返信する

061 2012/10/18(木) 20:16:01 ID:WZpXndyOSQ
エまニエる夫人死んだね。

返信する

062 2012/10/19(金) 00:07:50 ID:en8DoO.9fE
非処女の側室係連れてくれば、あんまり恐くないんじゃない?

返信する

063 2012/10/19(金) 03:03:42 ID:en8DoO.9fE
大好きだよ〜(^^)

返信する

064 2012/10/20(土) 01:45:28 ID:NPmrRMm1kQ
       _,,;' '" '' ゛''" ゛' ';;,,
      (rヽ,;''"""''゛゛゛'';, ノr)
      ,;'゛ i _  、_ iヽ゛';,    おまえ本気で自分が全てを受け止められると思ってんの?
      ,;'" ''| ヽ・〉 〈・ノ |゙゛ `';,
      ,;'' "|   ▼   |゙゛ `';,
      ,;''  ヽ_人_ /  ,;'_
     /シ、  ヽ⌒⌒ /   リ \
    |   "r,, `"'''゙´  ,,ミ゛   |
    |      リ、    ,リ    |
    |   i   ゛r、ノ,,r" i   _|
    |   `ー——----┴ ⌒´ )
    (ヽ  ______ ,, _´)
     (_⌒ ______ ,, ィ
      丁           |
       |           |

返信する

065 2012/10/22(月) 21:16:24 ID:OwZe5YDQ/o
プラトンの『国家』読んだ?

ソクラテスが哲人による政治を話してたような。

だけど、徳で、悪徳や暴力を統治できないと思うから、難しいね。

返信する

066 2012/10/23(火) 00:13:57 ID:vZJ3JNQSSc
哲人は、必ず一夫一妻?

二妻十五妾の家康公が、有徳者として振舞うために
相当な無理をしていたということは察せられるが。
画像削除(by投稿者)

返信する

067 2012/10/23(火) 14:37:25 ID:vZJ3JNQSSc
「小池ですら女がいたのに、おまえらときたら」じゃない。
犯罪者や悪人こそは、女に頼るもんだ。

返信する

068 2012/10/23(火) 16:45:10 ID:Wm43QpGTn2:au
犯罪者こそは女に頼る。

親に頼れないから。

返信する

069 2012/11/05(月) 00:28:39 ID:eZASPH5Dg.
世界四大聖人。イエス・釈迦・孔子・ソクラテス
イエス 西暦1年
釈迦 紀元前463 or 383年
ソクラテス 紀元前469年頃
孔子 紀元前551年

返信する

070 2012/11/05(月) 11:37:54 ID:Lvsr2qFTj6:au
世界三大聖人・・・釈迦、孔子、老子
世界四大聖人・・・釈迦、孔子、老子、ヤージュニャヴァルキヤ
世界五大聖人・・・釈迦、孔子、老子、ヤージュニャヴァルキヤ、ムハンマド

世界三大奇人・・・イエス、ソクラテス、ザラシュストラ
世界四大奇人・・・イエス、ソクラテス、ザラシュストラ、ダヴィンチ
世界五大奇人・・・イエス、ソクラテス、ザラシュストラ、ダヴィンチ、ニーチェ

返信する

071 2012/11/05(月) 16:29:03 ID:kHk/i.wbTU
>>65
あれは私利私欲による権力の腐敗を防止する為の物だよ。
悪徳や暴力には、相応に警察や軍で対応すればいい、

が、
結局お眼鏡にかなう「哲人」が現れない訳で、空論だとおもうけどね。
プライベートがどれほど酷くても、政治さえしっかりしてくれればいい、という風潮が育たない限り
どんな政治形態もむだだよな〜。
国民自身は典型的な小市民のくせに、目立つ人物には人徳を求めるとか矛盾がすぎる。

返信する

072 2012/11/05(月) 22:35:20 ID:eZASPH5Dg.
ソクラテス「一番大切なことは単に生きることではなくて、善く生きることではないか」

「そもそも教育というものは、ある人々が世に宣言しながら主張しているような、
そんなものではないということだ。彼らの主張によれば、魂の中に知識がないから、
自分たちが知識を中に入れてやるのだ、ということらしい。あたかも盲人の目の中に、
視力を外から植えつけてやるかのようにね」

「ひとりひとりの人間が持っているそのような〔真理を知るための〕機能と
各人がそれによって学び知るところの器官とは、あらかじめ魂の中に内在しているのであって
、ただそれを魂の全体と一緒に生成流転する世界から一転させて、
実在および実在のうち最も光り輝くものを観ることに堪えうるようになるまで、
導いて行かなければならないのだ。そして、その最も光り輝くものというのは、
われわれの主張では、<善>にほかならぬ」

「教育とは、まさにその器官を転向させることがどうすれば一番やさしく、
一番効果的に達成されるかを考える、向け変えの技術にほかならないということになるだろう。
それは、その器官の中に視力を外から植えつける技術ではなくて、
視力ははじめから持っているけれども、ただその向きが正しくなくて、
見なければならぬ方向を見ていないから、その点を直すように工夫する技術なのだ」

返信する

073 2012/11/19(月) 00:30:45 ID:2xctkHdFT2
個人、集団価値が概念的に、徳>得になりえるのか
10、9
まこと

返信する

074 2012/12/15(土) 16:56:57 ID:GPrMIVjLfk
徳というのは最終的に得につながる。
でも、それは短期的に損に感じるから、実行できない人が多い。

日本が高い経済水準を維持できるのは「徳」を育んだおかげで、
その利益は薄く広く国民が「得」している。

世界でも最高水準の生活を当たり前に享受し、長寿と安全と文化を謳歌する。
それは、小競り合いはあったにせよ、
百年単位の平和が何度もあった日本の歴史が育んだ「徳」によるもので、
「経済が豊かだから心に余裕がある」というのとはちょっと違う。

返信する

075 2012/12/26(水) 15:32:11 ID:irKmiJu4KQ:au
たとえサイコパスであっても、
「仁徳こそは得である」「悪逆非道よりも勧善懲悪のほうが楽しい」
という事実関係にまで理知が働いたなら、仁徳や勧善懲悪を心がけるようになる。

そこまで理知の働かない「愚かなサイコパス」こそが、
確信的な残虐行為に及びもする。

返信する

076 2022/03/14(月) 13:53:45 ID:wqM60uCf.I
森野「真面目にそんなこと考えてるの? だって私達ガチレズなのよ?ふふふ」

返信する


▲ページ最上部

ログサイズ:47 KB 有効レス数:76 削除レス数:0





知識/学問掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

スレッドタイトル:(時宜にかなった)封建統治の復興

レス投稿

未ログイン (ログイン

↑画像ファイル(jpg,gif,png)